怪談−照明地獄

夏の夜ですから怪談を一つ。

もう10年も前のことです。
ある夏の夜、式根島から三宅島に向けて航走っていました。穏やかないい夜でした。
乗り組み二人ですからワッチオフはキャビンで寝ます。一人でデッキでヘルムをとっていました。

遥か前方がなんとなく明るく見えてきました。イカ釣り船の漁火のようです。近付く
とますます明るくなります。
大型漁船がサーチライトで照らしているのかと思いました。
そのうちに自艇のまわりがチカチカし始めました。どうやら夜光虫です。夜光虫が元気に光っています。
前方の明かりは船の明かりなどではなくオーロラのようになりました。
あたりはますます明るくなります。

航跡が真っ白く、そのうちにダイダイ色になりました。あたりは真昼になりました。
白というか、赤というか、黄色というか、ダイダイ色というか、光の乱舞です。
艇の舳先が波を切り分けて進んでいます。その波が夜光虫のエネルギーを最大に発揮させるようです。
ああなんと、舳先の波が照明塔のように光っています。左右に分かれる波が、そう、直径2メートル、長さ15メートルの蛍光灯のように光っています。艇はその中を進みます。
もうまわりは何も見えません。ただ光の中にいます。

こうして30分も走ったでしょうか。たった一人で、物も言えず、身体はこわばり、恐ろしい経験でした。
あまり誰からも聞いたことのない話です。−2000・8黒潮丸