イージス艦事故−共通の通信システム作れ 

080320-朝日新聞 OPINION

 

岡敬三 (元会社経営者・小型ヨットオーナー )

 

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船清徳丸が、2月19日早朝に衝突事故を起こしてから1ヵ月が過ぎた。この間、関係者の手で事故原因の究明が進められているが、背景には、発見の遅れとともに、大きさや目的が異なる船種間での交信が難しいという、日本に特有の事情があったように思えてならない。事故を教訓に、気軽に連絡を取り合える共通の通信システムを構築すべきではないか。

 

 大型の船舶は、世界共通の規格である国際VHFという近距路用無線電話を積んでいる。国際ルーールでは常時、「16チャンネル」という特定の周波数を受信することとされ、緊急時はこのチャンネルで呼びかければ相手船や周辺の船と交信できる。

 漁船の多くや小型レジャー船はこのルールの対象外だが、米国やカナダ、ニュージーランドやオーストラリアなど多くの国は、そうした船にも16チャンネルの常時受信を奨励している。共通の通信基盤こそが海難防止の基本だからだ。

 そのために、米国では国際VHFと同じ規格で、出力だけを弱めた「小出力型国際VHF無線機が1万円程度で販売されている。この無線機は無線免許の取得が不要で手数料も安いので、小さな漁船やレジャー船も手軽に利用できる。

 

 ところが、日本はこうした流れとは一線を画し、いまも船種ごとに縦割りの通信システムを守り続けている。

 日本の漁船は、国際VHFとは別の周波数帯の漁業用無線を使うことが一般的で、大型船と気軽に呼び掛け合える状況にはない。

 小型レジヤー船向けには、16チャンネルを使って国際VHFとも通信ができる「マリンVHF」というシステムがあるが、高額な費用負担などが敬遠されてほとんど普及していない。

 

 これは、88年に起きた海自の潜水艦「なだしお」と大型の釣り船第1富士丸の衝突事故で、共通の通信システムがないことが問題視されたため91年末にできた。国際VHFで使う周波数の一部だけを使えるように機能を絞ったものだが、販売されている無線機は1種類しかなく、価格は20万円近くする。電波利用料や数年ごとの再免許手数料などもかかるため、小型レジャー船のオ−ナーの多くは高額な費用負担や面倒な手続きを避け、アマチュア無線や携帯電話を使っている。

 当時から、多くの船が国際VHFを気軽に使えるようにすれば海難防止につながる、という指摘があったが、関係省庁に顧みられることはなかった。

 

 その結果、20年も前に提起された問題は、いまも解決されていない。私は20年以上にわたり、アマチュア無線機を積んだ型ヨットで国内外を航海しており、4年前の夏には、濃霧の北海道・日高沖で、30隻以上の漁船団と出くわして恐怖を感じたことがある。この時はレ−ダーに映った船団が急接近してくるのに気づきながら、呼びかけ合う手段はなく、相手が避けてくれるのを祈るしかなかった。

 米国などのように、漁船やレジャー船に小出力型の国際VHFが普及していれば、私は16チャンネルで呼びかけ、こちらは速度の遅い帆船であり注意して欲しいと伝えられただろう。そうすれば、相手もレーダーに映る船の正体を理解できて安心できただろうし、衝突の予防にも有効だったと思う。

 

 再び悲劇が繰り返される前に、日本も簡単な手続きと軽い費用負担で、漁船や小型レジャー船などあらゆる船種に小出力型の国際VHFを開放する政策に転じるべきだ。私には、縦割りの仕組みと複雑な制度が、海上交通の危険を高めているように思えてならない。

 

 

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